1990年4月19日、吉田直哉先生が映像学科1期生に向けておこなった「映像原論」の第1回目の講義は、まさに映像学科の幕開けとも言うべき授業です。
ご遺族の許可を得て、このたび「MAU2029」のために、この講義の音声データのテキスト化を黒澤誠人先生(映像学科非常勤講師)にお願いしました。

ある仮説――蜃気楼による映像投影

私も本当はよくわからないのですが、いろんなことを言いますから、映像とは何かということ、映像の本質とは何かということを考えるヒントにしてもらいたいと思います。

今日はプロローグのさらに脇道に入った話をします。現代が映像の時代だと言いますが、映像の時代というのは今に始まったことではなくて、「映像の文明」という時代が遥か昔に何度もあったかもしれない。と申しますのは、例えば蜃気楼であります。

身近には「逃げ水」といって、2、3日前にも首都高速道路で見ましたが、道の先のほうが黒く濡れて見えて、白い車や何かが逆さまに映って見える。それで近づいてみると、それはどんどんと遠のいて逃げていく。これに「逃げ水」といううまい名前がついているのですが、これも蜃気楼の一種で、都会の中でのこういう程度の蜃気楼だったら、交通事故を起こすこともなくて安全ですが、砂漠の中、ゴビの砂漠とかタクラマカンの砂漠でこの蜃気楼が出ますと、たくさんの旅行者の命取りになる。私もイラクの砂漠で蜃気楼を見たことがあって、本当にオアシスが見える。豊かな緑の林や霧が水に影を映しているように見えて、車で近づいてみると、どんどんと遠のいて見えなくなっていくというのが本当の蜃気楼で、日本では富山県の魚津に出る蜃気楼が有名ですが、これは一種の映像であります。

中国では「蜃」という字は大きなハマグリのことだそうで、このハマグリが海の中で気を吐くと、それによって蜃気楼が見えると考えられていたらしい。ヨーロッパでは、紀元前4世紀にアレキサンダー大王が軍勢を連れて大遠征した際、ソグディアナの砂漠に差しかかった時に、向こうが海で行けないということになって、あわてて右へターンしたら右も海だと、それで引き返して左へ回ったらそっちにも海があるというので、ひどく悩まされたというのが西欧の一番古い記録だそうです。その後、空飛ぶ帆船とか水平線の向こうに大ウミヘビが出たとかですね、フライングダッチマンなんていう伝説、幽霊船というのも蜃気楼ではと言われていて、旧約聖書の有名なモーゼの海割りの奇跡も本当は蜃気楼で、イスラエル軍と敵軍との間に海の蜃気楼ができたので、おたがいに相手が海にのまれたと思ったのだとか、そういう蜃気楼にまつわる例は枚挙にいとまがありません。

ではなぜこういう話をしたかというと、最近、面白い説を発表した人がいて、ベルリン自由大学のヘルムート・トリブッチという科学者で、太陽エネルギーを科学的に変換する研究では第一人者なのだそうです。彼はアマチュア考古学者でもあって、遺跡が好きで、いろいろと廻っているうちにひとつの仮説を抱いたというのです。何かと言いますと、巨大建築のある古代文明というのは、もしかすると蜃気楼を利用しているのではないか。蜃気楼の出るところにそういう巨大建築ができたのではないか。例えば、イースター島のモアイもイギリスのストーンヘンジも、フランスのカルナックの巨石が何列にも並んでいるメンヒル群というのも、それからエジプトのピラミッドも、ある場所からそれらの蜃気楼を見たのではないだろうかという説です。

つまり、地平線や水平線の上の空をスクリーンに、蜃気楼によってミラーイメージを継ぎ足して、ですからピラミッドも、その上に倒立像と倒立鏡像と直立像とが次々に重なっていって天に届くように見えたのではないか。あるいは、ナスカの地上絵の空からしか絵が見えないというのは、蜃気楼によって空に倒立像が見えて、さらに大きなイメージになったり。バベルの塔も、ブリューゲルのバベルの塔をイメージしてもらえばいいのですが、まさかあれだけで天に届くとは思っていなかった。それから、フランスのカルナックも、あそこは信じられない数の巨石が何列もの縦隊をつくって海に没しているのですが、これが海につながって見えたのではないだろうか。本当は今でも、どこかからその蜃気楼が見えるのではないかというのが、トリブッチ博士の説であります。

宗教と映像との関わりを山本七平さんも言っていますが、今、映像文明と騒いでいるけれど、キリスト教の世界では、ステンドグラスなどのかたちで映像が大きな役割を果たしてきたのだと。図像文化というのは今に始まったことではなくて、むしろ活字よりもずっと歴史が古い。活字はグーテンベルクが活版印刷を発明してから、字を読める人たちが大半になってきたのは、ここ100年ぐらいのことじゃないかと言っている。そう考えると、古代文明の宗教にも映像が大きく関わっていたと考えられるので、全部が蜃気楼というのは荒唐無稽かもわかりませんが、地平線や水平線を使って空を巨大なスクリーンに見立てたというのは、面白い仮説なのではないかと思うわけです。

入学式の教室でスピーチする吉田(1991年4月)

古代から続く映像への願望

それから中国では、古くから鉢に水を満たして水鏡にした「鑑(かん)」という道具で占いをしました。「鑑(かん)」は今でも鏡という意味で使われています。青銅ができたら磨いて青銅鏡にして、その鏡には魔力が秘められていると考えた。日本もそれを欲しがって、魏の国からもらった鏡を全国に配ったり、八咫鏡(やたのかがみ)が三種の神器になって伊勢神宮の御神体になったり、今でも鏡の魔力といいますか、神通力というのが信じられているわけです。それはつまり何が神か、御神体かというと、映像であります。

かつての中国には現在のハイテクによって実現した道具のようなものがあったという伝説もありまして、二百里を照らす鏡、五臓六腑を透かして見る鏡、あるいは暗中でものを見る鏡。五臓六腑を透かして見る鏡なんて今で言うレントゲンですけど、暗中でものを見る鏡はノクトビジョンですし、他にも悪魔の正体を現す鏡、百病を治癒する鏡、これはレーザー光線かもわかりませんけど、そういうものがいっぱいあったらしい。それほど古代からの人類の深い願望に映像というのは直結しているのだろうと思います。

例えばグリム童話でも白雪姫の継母が魔法の鏡を持っていて、世界中で誰が一番美しいかを鏡に尋ねると、はじめのうちは「お妃様です」と言っていたのに「白雪姫が一番美しい」と言い出したものだから、嫉妬に狂って姫を殺すという悲劇が起こるのですが、これは情報伝達が音声なだけで、もし鏡に白雪姫の姿が映ったら、ほとんどまったくテレビでありますから、テレビまでほんの一歩の空想をしていただろうと思います。このように映像にまつわる原型というのは、いろんな神話、伝説から童話にいたるまで、それから一番は古代宗教の中に見られるのではないかと思うわけです。ですから、決して今に始まった機械文明の落とし子としての映像を私たちはあつかうのではないと考えてみていただきたいわけです。

映像に対する願望というのが人類の古代から続く願望で、それが今、自分でつくれるようになりましたし、発生させることができるようになりました。長い歴史の上での願望が実ったのですから、我々は非常に幸せな時に生まれ合わせているわけで、これはうまいこと映像を使わないと、欲しかったけれど手に入らなかった無数のご先祖様に申し訳ないという感じがするので、我々としては、この上なくうまく映像を使って立派な文化をつくらなければいけないと思うのです。

蜃気楼とか水鏡とか、いろいろなかたちで映像は自然発生していますが、映像は人間なしでは存在しないので、人間が見なければ何の意味もないわけです。機械を使って人工的につくった映像であっても、誰も見てくれなければ何の意味もなくて、自然であろうと人工であろうと同じですが、最高の映像制作者、映像制作装置は人間ですし、その再生装置も人間だろうと思うのです。

現在の技術では実現できない立体の映像、表も裏も同時に見える映像を発生させ、再生することができるのは人間の大脳だと言われていまして、夢や臨死体験中に一番はっきり見えるらしい。調べてみると、死に瀕した人がマルチな視点であったりビデオの早送りをしているような映像を見たという調査結果があるのですが、普通のカメラではつくることのできない映像を人間は目をつむれば浮かべることができる、生むことができるのですから、人類の太古からの願望と、自分の中にある理想の映像というものには、映像機器をどれだけ開発してもまだまだ及ばないわけです。非常にスタンダードな映像しか、我々はまだ手にしていないということが言えるのではないかと思います。

映像の本質を知ること

現在が映像の時代だと言われていますが、本当は映像というものについて考えている人、考えた人というのは非常に限られている。もう考え尽くされているというと面白くないのですが、ここは処女地なので、映像学科に入って、こういう機会があるというのはチャンスですから、私たちで事あるごとに、いろんな角度から映像の本質について考えてみたいと思うのです。

そもそも、なぜ皆さんは他の表現手段ではなく映像をやりたいと思ったかということを、何度も自分に問いかけてみることが必要だろうと思います。映像の特質を使って自分が何を言おうとしているのか、何をつくろうと思っているのか。映像の特質を知る、その勉強をすることが一番重要なので、その他のことは主従があるとするなら、ほとんどはどうでもいい枝葉末節にさえ思えるわけです。いかに表現するかといった技法については、自分が映像で何を言いたいかということさえわかれば自然に覚えられるし、自然にわかってくるし、自然に発明できるのだと私は思います。ですから、表現したいことをたくさん持つことだろうと。

映像の特質とはわかりきっている、自明のもののようで極めて説明しがたいものだろうと思います。映像は特殊なものを除いて現実のコピーとしての性格を持ちますが、正確にコピーかというとそうじゃない。コピー以外の様々な性格と特質をもっています。

現実は3次元ですが映像は2次元であり、現実のすべてを映像に収めることはできないため、あるフレームの中に切り取らないといけない。切り取る。つまり、現実の断片であります。その断片がひとつなら、現実そのものとなり得るかもわからないのですが、断片が2つになった途端に断片を組み立てることが必要になり、もはや現実そのものではなくなって、そこにモンタージュがおこなわれる。真実か虚偽かそのどちらかとなり、現実そのものを決して示さないということになります。ややこしい話になりますので、なるべくやめておこうと思いますが、やはりモンタージュや、真実か虚偽かというのは、考えていかなければならないことになると思います。

吉田の映像原論用ノートの書き込み(1990年3月頃)

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吉田直哉

1931年東京生まれ。1953年東京大学文学部西洋哲学科卒業、日本放送協会(以下、NHK)入局。ディレクターとして日本初のドキュメンタリー・シリーズ『日本の素顔』(1957年)、大河ドラマ『太閤記』(1965年)、『源義経』(1966年)、海外取材番組『明治百年』(1968年)、NHK放送開始50周年記念番組『未来への遺産』(1974-75年)、NHK特集『21世紀は警告する』(1984-85年)、NHK特集『ミツコ 二つの世紀末』(1987年)、NHKスペシャル『太郎の国の物語』(1989年)などを手がける。1990年NHK退職後、武蔵野美術大学映像学科教授に着任し、《全方位的な映像教育》という学科理念の形成をはじめ、学科の新設に深く携わる。癌を患い、1998年退任。著書に『テレビ、その余白の思想』(文泉、1973年)、『私のなかのテレビ』(朝日新聞社、1977年)、『癌細胞はこう語った』(文藝春秋、1992年)、『脳内イメージと映像』(文藝春秋、1998年)、『敗戦野菊をわたる風』(筑摩書房、2001年)、『発想の現場から—テレビ50年 25の符丁』(文藝春秋、2002年)、『映像とは何だろうか』(岩波書店、2003年)などがある。2008年逝去。