「通信でデザインが教えられるのか」

2002年4月、武蔵野美術大学は4年制の通信教育課程を開設した。私はその年の7月に、通信教育課程デザイン情報学科コミュニケーションデザインコースの専任教員として着任した。通信教育課程のグラフィックデザイン科目担当の非常勤講師として手伝って欲しいと言われ、教科書の制作に着手していた最中、若林直樹教授が2001年9月に急逝されたため、その後任として私に白羽の矢が立ったのだった。例、新任の教員は年度初月の4月に着任するのだが、通信教育においては、夏期休業中に開催されるスクーリングの実施が、とりわけ重要であったため、7月には新任の教員がどうしても着任している必要があったからだった。

コミュニケーションデザインコーは、若林先生が社会活動を主軸にした生涯教育をめざし、デザイン教育の上位の概念として構想したコースであったが、美大を卒業してもデザインができないようでは、学生が社会に出て困るだろうと、私にその指導を依頼されたのだった。開設前年の8月には、若林先生をはじめ講師予定者数名とともに、短大通信が開催しているスクーリングの授業を見学したのだが、まだその時点では通信教育で美術・デザインが教えられるのかは全く解らなかった。おそらく通信教育に直接携わったことがない多くの教員にとっては、術・デザインの教育がどのように通信教育で実施されているのか、その実体を理解している人は少ないだろう。

通信教育は、自宅で教科書と学習指導書をもとにして行う「通信授業」と、実際に大学に登校して、対面で行われる「面接授業」(通称スクーリング)から単位が構成されており、通信授業と面接授業の単位を合わせて取得することで、科目の修得となるため、数少ない面接授業の機会が滞りなく実施されることが、運営する大学にとっても、学生にとっても重要課題だった。夏期スクーリングの時期は、しばしば台風に見舞われる。通学の授業では休講にして、その代替措置として後日補習をするなど、臨機応変に対応することが可能だが、通信教育では授業日程の確保が限られているため、よほど大きな台風でない限り、多少の心配は承知の上で日程どおり授業を実施した。そんな事情を教務委員会で報告すると、委員から「事情はわかるが学生に万一のことがあったらどうするのか」とお叱りを受けたこともあった。仕事の欠勤、チケットや宿泊の予約をしてスクーリングに参加して来る学生の熱い思いがわかるだけに、何とか開催してやりたいと考えたからだった。

Photo: Sato Yusuke

ある時「通信教育でデザインは教えられない」とデザイン学科の教授から言われた。「それだったらデザインを学べるように教育の内容や方法を考えようではないか」と思った。グラフィックデザインの科目担当は私一人だけだったため、すべてのスクーリングの授業に参加した。課題の目的や方法を精査しながら、造形の学習からデザインの学習へ、段階的に進化していくためには、どんな課題を準備すれば学生たちに興味を持ってもらえるか、1年次から4年次までの課題を構造的に再編したのだった。

通学課程の専門教育には、教科書というものを必要としないが、通信教育では必須の学習ツールである。デザインを専門的に教授しようとして教科書を編纂した場合、そのテーマや作例は、現代の最先端のデザインを例示しながら、新しいデザインの姿を志向できる内容が想定されるのだが、通信に入学する学生には、今まさにデザインの扉を開けたばかりの者がいる。デザインの歴史や表現の進化などの基礎的な知識はもちろんだが、自ら造形することで意味が形成され、それが他者に伝わるという、原初的なデザインの力をはじめに体得しないことには、最先端のデザインを参照したとしても、ただ圧倒されるばかりで、自分の力にはならないと思った。

グラフィックデザインの基礎科目「グラフィックデザイン基礎Ⅰ・Ⅱ」の教科書『graphic elements グラフィックデザインの基礎課題』2015年は、原初的なコミュニケーションから、より高度なヴィジュアル表現まで、8つの授業課題を掲載、課題の意味や解説とともに学生の課題作品を紹介しながら、デザインは何を考えることなのかを理解できるようにした。

数年後のスクーリングで、東大を卒業して今は新聞社に勤めている学生から、「これまでの人生で、出題された課題で、こんなに頭を使ったことはありませんでした」と興奮した様子で言われた。きっと視覚的な言語を駆使しながら、アイディアを高度なヴィジュアル表現に仕上げる課題に、右脳が筋肉疲労を起こしたに違いない。内心「やた!」と思った。

「アートとデザインはどう違うんですか」

絵を描くことは好きだけれど、仕事をして生きていくためには、やはりデザイン系を選択した方がいいかもしれない、と相談されることが多い。特に親御さんからすると、子どもから「絵を描いて生きていきたい」と言われると、「もっと自分の将来を真剣に考えなさい」と思うようである。18歳で人生の選択を迫られるのは残酷なことだ。

開設当時、通信の総合的なカリキュラムポリシーは、造形総合科目群と造形専門科目群で構成されていた。それは1・2年次を総合課程、3・4年次を専門課程として、入学時点においては、学生は絵画系とデザイン系の学科を特定せず、造形総合科目という「絵画でもデザインでもない」総合的な科目をまず選択して、それを習得しながら自分の専門性を見極めていくというのが基本ポリシーだった。「造形基礎Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ」は、「Ⅰ・Ⅱ」が主に絵画系の課題内容、画材を使って自分の手で初めて造形することを目的にしていた。「Ⅲ・Ⅳ」はデザイン系の色彩と立体構成の課題だった。

開設前は「造形の基礎とは何か」という議論で、絵画系とデザイン系の基礎に対する方針の違いから、喧々諤々の話し合いがあったように聞いているが、結局はそれぞれの領域が考える基礎課題をもとに授業が行われた。ⅠからⅣという順を追って習得しなければならないという条件や、さらに各学科が指定するコース指定科目が必修となって、3年次からの専門課程に進級するために、1・2年次では合わせて62単位の修得が求められた。

2012年度卒業制作

毎月の教授会の議題「学籍異動」において、通信教育課程の学生の中途退学者の多さは、通学の教員のみなが唖然とするほど多かった。一般的な18歳入学の通学生の状況から考えると、学習意欲の欠如が露呈されているとしか見えないのだが「学費を自分で負担している」「他大学ですでに大学卒業資格を取得している」「仕事と大学の両立はやはり無理だとわかった」が退学の主な理由であり、よほど美術やデザインへの興味が高くなければ、2〜4年間で124単位を修得することは、かなり困難であることを考えると、中途退学もある意味で賢明な判断と言わざるを得ない。

必修の「造形基礎」科目を全部修得する前に学習を断念してしまうのは、我々が美術・デザインの魅力を学生に十分伝えきれていないからではないか。研究室会議に「造形総合科目検討部会」を設置し、科目ごとの修得状況の数値と照らし合わせながら、果たして初学の学生に適した科目内容になっているのかを検証した。そこに立ちはだかる問題は、絵画の基礎とデザインの「基礎」の違いだった。

『造形基礎』の教科書は、4年制通信教育の理念を象徴する教科書でなければならないにもかかわらず、開設の準備段階で絵画系教員とデザイン系教員が十分に検討することがかなわず、造形の入門書としては各分野の主張がそのままの形で並置されたような状態だった。学生からは「先生、アートとデザインはどう違うのですか?」とよく聞かれた。答えは質問された先生によって異なるのだが、教科書改訂にあたっては、いよいよそこを明解に解説する必要があった。

2020年『造形基礎』の教科書を刷新した。デザイン系は私、そして絵画系は油絵学科の三浦明範先生が担当。『造形の基礎 アートに生きる。デザインを生きる。』とした。結論から言えば「絵画とデザインの基礎はそれぞれ異なる」ということ。むしろ「絵画に基礎はない」ということでもあった。仮に造形の基礎は「形態と色彩」であるとしても、形の意味や色の意味を問題にする視覚言語への理解をもとにして、デザイン表現を構築していく課題は、主に自分の感情をもとにする表現を学ぶ、絵画の素養が障壁となる場合もあるとの観点から、それぞれの独自性を追求することで、基礎を捉え直すということになったのである。

このような検討を基盤として、2020年度には、総合課程と専門課程に分けることはなく入学初年度より、絵画系は「絵画の考える基礎」を、そしてデザイン系は「デザインの考える基礎」の授業を実施し、それぞれが卒業という最終的な目標を目指して学習するという体系に改革されたのだった。

「金曜日に会社、これ以上休めないです」

通信が開催する入学相談会にやってくる社会人は、科目の内容を聞いている時は、みなムサビで美術・デザインを学んでみたいと目を輝かせるのだが、6日間連続登校して2単位修得するという話になると、仕事との両立が困難であることを理由に、入学を断念する人が多かった。とりわけデザイン思考や自分の考えを視覚化する能力は、デザインを専門とする職業に限らず日々の仕事の業務の中で必要とされ、多くの人がその能力を身につけたいと願っているという状況は、相談会にやってくる社会人の話から切々と伝わってきた。具体的には、発想する力、メージを伝える力、構想を視覚化する力、人々を結束させる力などの能力のことなのだが、多くの人はそれを「センスがない」という言葉で説明する。何もデザイナーやイラストレーターになりたいわけではない。美術やデザインが持っている力を身につけたいと相談にくるのだ。

2022年度卒業制作

開設当初は夏期スクーリングのみの開催で、それも夏期休業期間中のほぼ1ヶ月間、平日休日を問わず6日間連続の授業だった。朝9時から夕方5時30分で、3日間で1単位分の授業時間に相当するため、2単位科目であれば6日間連続で鷹の台キャンパスに登校する必要があった。社会人学生の入学者が増加する中で、大学側は「夏季休暇を利用して」などと悠長なことを言っても、現実的には仕事と生活と学習を両立させるのは難儀なことだった。それまで勤めている会社を退職して入学する学生も見受けられた。多くの社会人が、配偶者の協力、そして両親の協力があって初めて、授業を受講できていたというケースがほとんどだろう。

教室の確保や教員の手当てなどを工夫することで、なんとか社会人が学びやすい学習日程が実現できないか、そのためには、週末にスクーリングを開催すること、そして年間の開講日程を複数回準備することで、選択肢を増やすしかなかった。2003年よりスクーリング日程を、夏期スクーリングは6日間連続開講だったが、それとは別に春夏秋冬と4期に分けて、金・土・日の週末スクーリングを開催した。働きながら学ぶ社会人学生にとっては、週末分散型の開講の方が利便性が高く、多くの学生が週末スクーリングを受講したため、夏期の受講者は減少した。美術系は社会人の学生が比較的少ないため、6日間連続開講でも、デザイン系の学生よりは支障が少ないようだったが、さらに2012年よりデザイン系の面接授業は、夏期スクーリングもすべて週末開催となった。

それでも、ある時「もうこれ以上金曜日に会社、休めないです」と学生に言われた。大学の学びはそれなりに厳しいもの、学生の利便性だけを追い求めるのはいかがなものか、という厳しい意見もあったが、規則で定められた授業時間を遵守しながら、どこまで面接授業を土日の2日間にできるかが問題だった。

2020年度卒業制作

授業の形式には、講義を主体にした講義科目、実技を主体にした実技科目、演習を主体にした演習科目に分けられ、それぞれ配当時間が定められている。術・デザインの授業は実技科目に相当していたが、デザイン系の授業では教員が課題を説明しながら演示、教員や学生とのディスカッションを交えながら、学生が課題作品を完成させていることを考えると、それは演習授業であると言える。そう考えることによって、これまで実技科目として3日間で実施されてきた授業を、2日間の演習授業とすることができると考えたのだ。しかし問題は、果たして2日間で十分な課題を達成することができるかにあった。

2016年私の担当していた授業では、前提講義に相当する内容は、すべて教科書に記載されていることや、前提講義にあたる内容を受講前にオンライン配信などして、授業当日にやるべきこと、そして事前に準備してくることを、学生が理解している状態で授業初日を迎えられるようにした。

これで金曜日問題は解消できた。学生も担当の講師もかなりハードな2日間になってしまったが、土日を利用して地方から参加して来る学生が、とても満足した表情で帰って行く姿に、内心ほっとしたのだった。

白尾隆太郎

しらお・りゅうたろう

1953年鹿児島県生まれ。東京教育大学(現筑波大学)教育学部芸術学科構成専攻卒業、勝井三雄デザイン研究室を経て、1982年白尾デザイン事務所開設。2002年武蔵野美術大学造形学部教授着任、2024年退任。武蔵野美術大学名誉教授。筑摩書房、文英堂の教科書のディレクション・デザイン。ブリヂストンスポーツのゴルフボールアライメントデザインの共同開発。電気通信大学のコミュニケーション・サインシステムなど。『構成 高橋正人の遺した造形教育』単著2023年『造形の基礎 アートに生きる。デザインを生きる。』共著2020年『新訂 イメージ編集』編著2024年『graphic elements グラフィックデザインの基礎課題』監修2015年(武蔵野美術大学出版局