建物を外部空間と一体化して考える芦原建築
今日は3つのテーマに分けてお話ししようと思います。「武蔵美キャンパスの芦原義信建築、3つの見どころ」と「建築家芦原義信に関わる3つの疑惑!?」、最後に「DOCOMOMO(ドコモモ)って何?」です。
みなさん1年生ですが、入学してしばらく時間が経っていますので、学内の校舎配置はだいたいわかっていると思います。まず、正門を入ってまっすぐ進むと1号館、その下をくぐって中央広場に出ますね。その中央広場に面して囲んでいるのが1号館・4号館・美術館・7号館です。建築の竣工順にいうと、4号館が19
芦原義信先生は、本学建築学科の初代の主任教授です。芦原先生は東京大学(旧 東京帝国大学)のご出身ですが、建築家になってからアメリカのハー
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当時、芦原先生は東京オリンピックの施設、駒沢体育館を設計しておられます(19
ここで、鷹の台キャンパスにおける芦原建築の「3つの見どころ」をざっと説明しておきましょう。
(1)コンクリート打放しと矢羽模様:芦原建築の特徴は、矢羽模様というのは
(2)スプリット・フロア:日本では「スキップ・フロア」といわれることが多いようですが、英語ではスプリット・フロア、つまり上下の床(フロア)は分かれているが、空間的・体験的には連続している。銀座ソニービルもそのようになっていました。
(3)それぞれの校舎には玄関ホールがない:別の言い方をすると「教室を出るといきなり外部空間」ということです。
広場とキャンパスを詳しく見ていきましょう。芦原先生は「外部空間」の重要性をかなり早い時期、
古い航空写真(19

当時の校舎の配置図を見てください。この配置こそが「建築家芦原義信に関わる3つの疑惑」のひとつ、“無断引用疑惑” (笑)です。もちろん疑惑というのは冗談です…
門を通って、まっすぐ行って中央へとたどり着く。そこに五重塔と金堂が建っている。国宝建築、法隆寺の配置に似すぎているキャンパス計画! 芦原先生ご本人が、伽藍配置を参照されたといっておられました。ムサビの航空写真を見ると、正門からまっすぐのところに1号館があって、中央広場のむこうに美術館がある。伽藍配置を感じさせることがよくおわかりになるかと思います。
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次は、体育館への通路です。残念ながら、現在では小平3・

そうして正門ができあがって、キャンパスの建設がだんだん進みます。これは北側から見た4号館。4号館はできましたが、まわりに何もありません。中央広場は、たぶんまだ工事中ですね。当時の4号館には、ちょっとしたベンチがあったり、水場があったり、みんなが集まる場所がつくられていました。当時の先生方の文章を読むと、こういうところでバーベキューをやったりしたそうです。

今の4号館は、螺旋階段を上がるとコモン・スペース(共有の空間)があって、それを囲んで3つのアトリエが向かい合っています。現在では、隣のアトリエに行きにくい状態ですが、当初は通路がありました。この通路は、アトリエを広く使うために、今はありません。
次に7号館。今とあまり変わっていませんが、新しいキャンパスで溌剌とした印象があります。この頃に入学した私は、

コンクリート打放しと矢羽模様
今日は芦原先生の秘密をいろいろ明かしていきますが、先生は19

先ほど話したスプリット・フロアは、1号館でも、よくわかると思います。1つの床がずっと続くのではなく、中2階とか中3階がでてくるわけです。ここは地面に段差がありますので……みんなも玉川上水を歩いたことがあると思いますが、これは多摩川の水を江戸まで引いてくるためのものなんですね。自然の勾配で流れていますので、ムサビも東から西に向かって、ちょっと上がっているんです。

話を「3つの見どころ」に戻します。これが矢羽根模様の7号館のレリーフ状の壁です。鉄筋コンクリートというのは、木で型枠を作って、そこにコンクリートを流し込んで、固まったら型枠をはずす、という作業をします。写真の左上にいる人が掴んでいるのは柱の部分の鉄筋ですね。そこに壁の型枠を立てているところです。

コンクリート打放しというのは、型枠をパカっとはずして、ペンキを塗ったりせずに、そのままの状態にしたものです。それがある意味で迫力がある、あるいはザラザラしているけれども清々しい。20世紀になってヨーロッパのほうから世界に近代建築がひろがりますが、打放しコンクリートは近代建築の1つの様式といってよい。芦原先生はほかの建築家に先がけて、ムサビの校舎をすべてコンクリート打放しでやったわけです。
7号館の外階段は、螺旋階段になっています。この螺旋階段はちょっと変わったつくりで、プレキャスト・コンクリートといいます。工場であらかじめコンクリートを固める。そうして固めてつくったパーツを運び込んで、同じものをねじりながら重ねてつくった階段です。

これは7号館を脇から見たところ。スプリット・フロアになっていますね。ちょっと階段を上がるとフロアがあって、またちょっと階段を上がると次のフロアになる。1階と2階は階段でつながっていますが、普通はいくら階段でつないでも1階と2階はお互いにまったく見えない。2階にいる人が1階の人の気配をなんとなく感じたり、話したりはできないのですが、スプリット・フロアであれば中間階ができるので、それができる。コミュニケーションできる、それがメリットです。

また、1号館ですが、スプリット・フロアによって、こういうふうに視線が異なった上下のフロアにつながり、空間が立体的にひらかれていきます。

7号館も、建築学科の入っている8号館も、階段を使わないと上の階に上がれない建物です。近年にはバリアフリーがいわれるようになって、車椅子利用者の活動を考えて、7号館と8号館のあいだにエレベー
玄関ホールのない開放的な造り
また、内部と外部の関係が非常に密である、というのがムサビ建築の特徴です。7号館には、外部とも内部ともいえない空間があります。

教室の外なんだけれども雨はあたらない、だけども外気とつながっている。芦原先生は公共建築だけではなく住宅もたくさん手がけておられますが、内外の繋がりだけでなく、人間が手を置いたり、腰掛けたりするような身体につながるデザインが非常に巧みですね。たとえば手すりは、幅がとても広いんです。高い建物だと危険ですが、ここにちょっと物を置いてしゃべったりとか、いろんな使い方ができるわけです。
そして芦原建築の第3の見どころは、それぞれの校舎に玄関ホールがないことです。後に建った12号館などを見ると、玄関から教室までにホールがあります。フランス語では「ホワイエ」といいます。建築家はよくフランス語を使いますが、いわゆるエントランスホールですね。一方、芦原建築の場合は、玄関ホールがなくて、中庭からいきなり校舎に入ってしまう。たいへん開放的です。玄関ホールはないけれども、外部空間からの中間領域がいろんなところにつくられているんです。
次は「建築家芦原義信に関わる3つの疑惑」、その2の白い疑惑、これはけっこう際どい話ですが(笑)、あくまでも鈴木の私見です。
これは芦原義信、東京帝国大学4年生の卒業設計です。正確には4年生とはいえなかったと思います。戦争中だったので、たぶん3年生ぐらいで卒業させられたのではないかと。芦原さんは卒業したら国鉄に入るつもりだったらしく、それで「中央旅客停車場」を設計したそうです。このパー

そして芦原先生の叔父さんである藤田嗣治の有名な作品、たとえば《寝室の裸婦キキ》などでは「白」が印象的です。“フジタ・ホワイト” といわれていますね。芦原先生は、藤田嗣治に卒業設計を「ちょっとだけ手伝ってもらった」とおっしゃってますが、このパースのいい感じに塗られた白いヴォリュームを見ると、かなりいいアドヴァイスをもらったんじゃないかと、私は疑っております(笑)。
そして第3の疑惑、いや、疑惑というよりも伝説かな。自己主張が半端ない「日本一」キャンパス計画です。
建物で遊ぶ人は、けっこういます。たとえば、明治時代につくられた日本銀行本店を上空から見ると「円」という漢字が見えるそうです。同じようなことを芦原義信はムサビでやりました。1号館が「日」、中央広場が「本」、美術館が「一」に見えるというんですね。“日本一の美術大学” という伝説です。















