手羽イチロウと申します。​
武蔵野美術大学彫刻学科を卒業して、​普段は美大の良さを伝える美大愛好家としてネットで活動しています。​この100周年ウェブマガジンでは空気読めない感じでお気楽コラムの担当をやっております。​

去年4月に書いたこちらのコラムを↓
■昭和のムサビの入学式を調べてみた | MAU2029 | 武蔵野美術大学100周年ウェブマガジン

「来年、​カオスとなった平成・令和のムサビ入学式を紹介します!」と冗談で締めくくったんですが、​3月上旬に編集部から「卒式・入学式といえば手羽さんですよね?」と遠回しな原稿依頼が入り、​慌ててパソコンの前に座ってます・・。​

令和8年3月13日(金)、​令和7年度卒業式が挙行されました。​

ご卒業おめでとうございます!!

学位記授与者のパフォーマンス、​ジャズ研の演奏、​モークやミラーボールなどいつも通り(あるいはそれ以上?のムサビらしいカオスな卒業式でしたね。​
卒業生の皆さんには「余計なことは言わない方がいい。​自分に返ってくるから」を贈る言葉にさせていただきます・・・。​

今回は、​そんな独自の進化を遂げたムサビの卒業式や入学式について、​演出の視点から紐解いていきましょう。​

1.演出が入るようになったのはいつから?

1972年鷹の台キャンパスに体育館が竣工し、​入学式・卒業式を体育館アリーナで挙行するようになります。​
と言っても、​昔はムサビもフツーの卒業式・入学式でした。​

平成元年度卒業式の様子。​こんな固い感じだったんです(写真提供:武蔵野美術大学大学史史料室)

手羽の入学式・卒業式も「ま、​美大といっても大学の入学式だからね」なフツーなやつで。​

転機が訪れたのは平成7年1995年のことでした。​
平成6年度卒業式直後、​教職員から「祝辞が長すぎる」等の声が挙がったのです。​
すぐに学長諮問で「入式・卒業式のあり方委員会」が発足し、​平成7年10月5日に委員会から答申書「本学における式・卒業式のありについての報告」が前田常作 学長(当時)へ提出されました。​

この答申書には

  • 式典演出者をたてる
  • 美大らしい特色のある式典
  • 祝辞は10分以内(400字詰原稿用紙7枚以内)
  • 教授代表祝辞は若手教員からも選出
等、​現在のムサビ式典のベースになっていく提言が並んでいます。​

この改革の最初の総合演出者に選ばれたのが、​当時専任講師だった映像学科・篠原規行教授でした。​そして平成8年から演出担当教員が2〜3年で交代しながら式典を創り上げる、​ムサビ独自のスタイルがスタートしたのです。​今年がちょうど30年目!

2.全てはここから始まった

お待たせしました。​こちらが最初に演出の入った記念すべき入学式です。​

平成8年度入学式(写真提供:武蔵野美術大学大学史史料室)

平成7年度まで使っていた金屏風は撤去され、​代わりに照明や音響が入り、​ステージ後方には卒業制作作品が飾られています。​篠原先生が卒業・修了制作展を回って、​直接学生さんに「卒業式と入学式で使わせてくれない?」と交渉しまくったそう。​

あ、​この写真を見て「ん?喋ってる人はもしかして・・」と気が付いた人はムサビ検定初段です。​手羽はもちろん気が付きました。​
式次第をご覧ください。​

平成8年度入学式式次第(資料協力:教学企画チーム)

卒業生代表祝辞は、​当時東北芸術工科大学助教授の長澤忠徳さん、​つまり前学長・現理事長の長澤先生だったんですね。​篠原先生が担当した式典改革最初の入学式に長澤理事長が登壇・・二人の不思議な縁を感じずにはいられません 。​

この年の式次第を調べていて、​実はもう1つ手羽は発見してしまいました。​
平成7年度卒業式次第に修了制作優秀賞受賞者の名前が書かれているんですが、​

平成7年度卒業式次第(資料協力:教学企画チーム)

大学院映像コースに「GANTZ」「図書館戦争」「今際の国のアリス」「キングダム」などの映画監督・佐藤信介さんと撮影監督・河津太郎さんの名前があるんです。​これは興奮しましたね。​ちょうど30年前に修了されたんだなあ。​

3.いろんな演出の式典 -オペラからC-C-Bまで-

全部は紹介できないので、​手羽の想い出深い卒業式・入学式の演出を紹介します。​
まずはなんといっても平成13年度卒業式。​
総合演出は空間演出デザイン学科の川口直次教授(当時)で、​オペラがテーマだったこともあり、​

平成13年度卒業式(写真提供:武蔵野美術大学大学史史料室)

長尾重武 学長(当時)がオペラの衣装とウィッグを着用されて登場したんです。​
詩人でもありダンディな長尾学長にすごく似合ってましたが、​「ここまで学長が演出に協力する大学卒業式って他にあるのかな?」と感じた瞬間でもありました。​25年前ですよ?

続いて平成17年度卒業式。​

平成17年度卒業式(写真提供:武蔵野美術大学大学史史料室)

総合演出は空間演出デザイン学科・小泉誠 教授(当時)。​
テージの高さが6、​7 mあり、​その高さもすごかったけど、​なんといっても

平成17年度卒業式(写真提供:武蔵野美術大学大学史史料室)

C-C-Bのドラマー・笠浩二さんが登場して名曲「ロマンチックは止まらない」を熱唱してくれたんですよ。​手羽は超世代だから生で聞けてほんとに嬉しかった(C-C-Bを知らない方はお父さん・お母さんに聞いてください)。​このあたりから「なんかムサビの卒業式や入学式はすごいことになってるらしい」と広がり出した気がします。​

ちなみにこれまで式典に登場したミュージシャンだと他はコシミハルさん、​毬谷友子さん、​アカペラユニット「XUXU」、​打楽器エンターテインメント集団「Funcussion」などがいらっしゃいます。​

手羽がいまだによく覚えているのは、​平成20年度卒業式での甲田洋二 学長(当時)の祝辞です。​

平成20年度卒業式(写真提供:武蔵野美術大学大学史史料室)

手羽なりに超要約すると、​
「画家である私は、​なんとか食べることはできてるけど、​決して裕福な生活を送ってるわけじゃない。​100年の一度の不況なんて世の中は言ってるけど、​画家は昔から年中不況なんだ。​だから何にも怖いものはない」
という内容だったんですね。​

「作家」という選択は楽な道ではない。​でも不況だったら画家は絵を描かないのか? そんなわけはないよね、​と作家として大先輩でもある甲田学長からのエーで、​会場から拍手も起きました。​

平成22年度入学式もよく覚えている式典の1つでして、​

平成22年度入学式(写真提供:武蔵野美術大学大学史史料室)

卒業生代表祝辞は映像学科出身の俳優・中村靖日さんだったんです。​
中村さんは2024年にお亡くなりになったのですが、​手羽は訃報を聞いた瞬間にこの入学式で話されている光景を思い出しました。​
ちなみに中村さんは先ほど紹介した佐藤信介さん・河津太郎さんの自主制作映画に学生時代からスタッフ、​キャストとして参加されていて、​彼らが修了制作優秀賞を受賞した「正門前行」にも出演されてます。​

あ、​今年の入学式はどんな卒業生が祝辞をされるのか楽しみにしててください。​

この年の総合演出は空間演出デザイン学科・小竹信節 教授(当時)。​

平成22年度入学式(写真提供:武蔵野美術大学大学史史料室)

なんと校歌演奏は、​合唱部MAUコース、​Modern Jazz Society、​東京五美術大学管弦楽団、​ラテン音楽研究会が混ざり合う超カオス状態でした。​

このカオス状態が翌年も続く、​いやそれ以上になるんじゃないかとワクワクしてたのですが、​平成23年2011年は卒業式も入学式も東日本大震災の影響により、​残念ながら中止を余儀なくされました 。​「でも式典が中止になることなんて、​もう無いよね」・・誰もがそう思っていましたが、​わずか9年後、​再び世界は予期せぬ事態に見舞われることになるのは、​皆さんご存じの通りです。​

平成から令和へ。​どんどんカオスになっていくムサビの式典ですが、​実は

手羽も平成25年度入学式で校歌を歌ってたりして、​書きたいことはまだ山ほどあるけど、​長くなったので今回はここまで。​
第2話でお会いしましょう!!

手羽イチロウ

ば・いちろう

武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒業。​

2003年にムサビ生ブログサイト「ムサビコム」、​2009年より「美大日記」を運営。​2007年『ムサビ日記リアルな美大の日常を』を出版。​全国の美大情報を毎日チェックしつつ、​PARTNER_WEBにて理想の美大を目指すテイの「手羽美術大学★」を連載中。​