可視化し発信することで立ち上がる、​まちづくりの気配

 

まずは國廣先生の研究や活動について聞かせてください。​これまでタウンマネーャーとしてさまざまな地域でお仕事をされてきましたが、​やはり建築という専門領域の視点が重要になるのでしょうか?

國廣

そうですね。​まちづくりの文脈では、​地域のみなさんの関心ごとは「シャッターが閉まっている商店街でどれだけお店を開けられるか」「放置されている地域の文化財を活かせないか」のようなことであったり、​そこにプラスして駅前の再開発や公共施設の再編などの大きな事業があったりします。​地域のコーディネートというと、​一般的にはイベントを仕掛けたり、​個人店の支援をしたりという方向性が多くなりますが、​その先で建築のプロジェクトにつなげていく。​この辺りでこういう仕掛けをすれば物件が動くという、​コーディネートの勘のようなものは、​建築のバックグラウンドからきているものだと思います。​

だ、​タウンマネーャーの最初の仕事は青梅市でしたが、​最初の3年はとにかくまちの人との接点をつくって、​一緒に商店街のイベントをやったりお掃除したり、​お酒を飲んだりという日々でしたね。​そのうちにまちのみなさんが信頼してくださって、​物件をお任せいただけるようになると、​「うちも貸したい」という人が出てきたりして。​そうやってだんだんとまちの動きが目に見えるものになっていったという感じです。​

 

ソフトの面を刺激したり一緒に取り組んだりしながら、​広い視野ではハードの有り様を見据えて動いているということですね。​

國廣

地域のなかで可視化できるものって、​お祭りやイベントといった瞬間風速的なものなんですが、​そこに新しいお店ができると、​今度は1年を通してまちの動きが見えるようになる。​そういう意味では新しいお店などは可視化の効果がすごく高いので、​どのタイミングでお店を開くと盛り上がるか、​どこにピークを持ってくるかということを考えながら動きます。​そこに持っていくまでの “無風状態” のときは、​「今日は行政の人と再開発に向けて会議」とか、​なるべくSNSで発信していました。​そうすると、​地域の人も「まだ目に見えないけれど行政もまちを動かそうとしているんだ」と受け取って、​明るい方向に向かって行動を始めてくださったり。​そういうことが積み重なって、​地域の状況が変わっていくというのが、​これまで15年くらいまちづくりに携わってきて得られた経験則です。​

私はムサビの教授になって3年目ですが、​学生に対してもその視点で情報発信をしているところがあります。​大学が取り組んでいる社会連携の動きなどは、​なかなか学生に伝わらないので、​「こういう活動をやっていますよ」「学内に1/Mという場所がありますよ」と発信することで、​「ムサビは思っていたよりいろいろやってるんだ」と。​に、​学校の課題で忙しくなりがちな建築学科の学生には、​だいぶ認知が広がったんじゃないかなと思います。​

國廣純子先生
 

國廣先生ご自身が、​極めて実践的に地域のなかに入り込んで人と関わって信頼関係を築いてきています。​一般的に社会連携はまず求められるものがあって、​その課題への関わりのなかで進んでいくので、​盛り上がりのピークに焦点が合いがちですが、​先生が青梅などでやってきたように、​なにもない普段のまちのなかで一緒にやっていく。​それが本当の意味での連携なのではないかとも感じます。​

國廣

そうですね。​建築学科としてまちづくりに関わることになるとき、​日常的に学生が現地に足を運ぶのはカリキュラム上難しかったり、​学生にとって負担が大きくなったりするので、​その地盤づくりを私が担って、​まずは学生を受け入れてくれる環境になったところに学生に行ってもらう。​そこから少しずつステップを上げて、​その地域に興味を持ってもらえたり自発的なリクエストが出てきたら一緒にプロジェクトをやってみようか、​と動き出したりします。​

ムサビに着任してからはさまざまな地域の方からご相談をいただいていますが、​基本的には「やりたいという学生がいたらやろうかな」というスタンスです。​こんなまちでこんなプロジェクトの話があるよ、​と発信するたびに、​なにかしら意欲を示してくれる学生が必ず出てくるので、​その都度彼らとチームを組んでプロジェクトを組み立てていきます。​

クリエイティブの力が切り拓く、​社会を結ぶ協働の可能性

 

2025年に開催した「社会を縫合するクリエイティブ」展では、​各学科が取り組んできた複数のプロジェクトを、​ひとつの空間に置いて対峙させました。​まず河野さんに、​この企画を國廣先生にお願いしたきっかけを伺いたいです。​

河野

2024年「NEW COMMONS」展をやってみて、​現在進行形のプロジェクトの、​うごめいている生き物みたいなあり方がなんだかおもしろいと感じていたことと、​キュレーターチームのなかで「地域」というキーワードが自然と湧きあがってきていたということがあります。​そんな状況だったので、​現場で活動されている國廣先生と一緒に考えることができたら、​さらに可能性が広がるのではという予感がありました。​

 

NEW COMMONS展では、​たくさんのプロジェクトを紹介し、​その振れ幅の大きさが表現されていました。​その一方で河野さんは「プロセスのおもしろさを十分に表現しきれなかった」ともおっしゃっていましたね。​社会を縫合するクリエイティブ展では、​プロセスの見せ方をどのように工夫したのでしょうか?

河野

新しいチャレンジとして、​関係図を可視化しました。​プロジェクトに関わるキーパーソンの方たちのそもそものつながりを紐解いていくと、​最初は別の先生からの紹介があったとか、​実はムサビの卒業生が関係していてと、​意外な話がたくさん出てくるんです。​そういう話を聞いているとすごくおもしろくて、​関わる人たちの関係性をビジュアル化させたものがあると、​プロジェクトについてもう少し理解しやすくなるという仮説を立ててやってみました。​

出展プロジェクトのひとつ「和歌山県田辺市に関する空間デザインの研究」の関係図
 

大きいプロジェクトのなかには本当にたくさんの人の関わりがあって、​いろんなつながりが層のように幾重にも重なっているんです。​さらに、​そんな複雑な関係性のところにムサビの先生や学生たちが入り込んでいて、​その出来事の中心にいたりする。​最初は地域のなかでは異質な存在だったかもしれないけれど、​だんだん馴染んでいって、​学生自身が地域の風景になっている。​それを表現したいと考えました。​

 

國廣先生は今回の企画をまずはどのように考え始めましたか?

國廣

打診をいただいたときはムサビにきて最初の1年を終えようかという時期で、​ムサビのことがなにもわかっていなかったのですが、​まちづくりのときと同じように、​この大学での学びによって出力できることつまりデザインや芸術を生み出すことを社会と共有するためのメッセージは核にするべきだとぼんやり考えていました。​

まずは自分のアンテナに引っかかっていた情報を集めることから着手しました。​学内に貼ってある学生サークルのポスター、​長く続いていてすでに学生中心で自走しているプロジェクトについて気になったものをリスト化したり、​河野さんたちキュレーターチームのみなさんが働きかけて取材されたほかの学科の先生方がいま動かしているプロジェクトの情報も共有いただきながら、​それぞれの時間や過程を表現する方向を少しずつ見出しました。​展示の会場構成については、​建築学科の学生に声をかけて一緒に考えていきました。​

河野

今回は「地域」という大きなテーマがあって、​それぞれのプロジェクトで全然別の地域ではあるのですが、​ひとつの展示空間で見たときに、​なにかしらのつながりが見えるようなあり方ができないかなと相談して、​空間をつなげていくような案を出してもらいました。​

1/Mでキュレーターを務める河野奈保子さん
國廣

また10年以上活動が続いているプロジェクトもあったので、​長い年月の間にどういうことが起こってきたかということも表現したかった。​「地域」が感じられるものから始まって、​「時間」の経過、​そして活動が未来に向かって「風景」になっていく。​その一連がつながっているという視点で構成していきました。​

 

タイトルに「縫合」という言葉があります。​これはどのような意図で選んだのでしょうか?

國廣

情報を集めたり研究したりするなかで、​脳科学者の中野信子さんの「美というものは争いごとを避けるために使われてきた」というようなお話を見つけたんです。​私自身も仕事で社会貢献のようなことをするうえで、​デザインをどう活かすかという問いは常にありますし、​ムサビが外に出ていくことの価値を語るには、​社会のなかで美を介在してどのようなことができるのかを語れないといけないと考えました。​

「縫合」というワーは、​ちょうど社会が政治的な動きやいろんな議論で断絶するようなザワザワした時期でもあったので、​私たちが美というものを使って世の中の断絶を縫い合わせていくように、​という意味を込めました。​美があるからすべてがうまくいくという都合のいい話ではなくて、​うまくいったように見えても傷はすぐにはふさがらないので、​合わさった傷口を時間をかけて治癒していくような。​まだギクシャクする場面もあるかもしれないけど、​まずは同じテーブルについて、​互いを気遣いながら手を合わせたり一緒に包帯に巻かれていくような作業をしている間に社会がつながっていく。​そんなイメージがありました。​

「社会を縫合するクリエイティブ」展 メインビジュアル

人と時間が生み出す地域の風景。​終わることなく続いていく変化

 

今回の展示にあたってたくさんのプロジェクトにヒアリングしたということですが、​特に象徴的だったプロジェクトはありますか?

河野

どのプロジェクトも本当に興味深かったのですが、​特に長く続いていまでは学生中心で地域と関わりながら動いているものとして、​「わアートプロジェクト」「アトリエちびくろ」がありました。​わらアートプロジェクトで印象的だったのは、​連携先である新潟県出身の学生がたくさん関わっていたことですね。​「ムサビに入ってから地元でわらアートをやっていることを知った」「親がわらアートを見に行っていた」「地元から離れて長く経つけれど、​わらアートをきっかけにもう一度地元と関わりたい」ど、​学科も幅広くいろんな参加動機の人がいました。​

「わアートプロジェクト」2024年
 

わらアートプロジェクトは20年く、​アトリエちびくろは50年以上と長年続いている活動なので、​ずっと関わっている先生や卒業生たち、​地元の方など、​頼りになる大人がたくさんいるんです。​連携先のまちにはキーパーソンのような方が必ずいて、​毎年プロジェクトを手伝ってくれて「次はいつくるかな」と待っていてくれる。​アトリエちびくろでは、​小学生のときに参加していて、​大きくなってスタッフとして手伝いに来る子ども、​卒業後も活動のサポートや、​子どもが参加しているOBOGなど、​頼れるネットワークが広がっていたのが印象的です。​

「アトリエちびくろ」2025年
 

プロジェクトを長くやっていると、​時間とともにさまざまな変化があります。​なかでも変化したのは「人」だったんだというのが、​これらのプロジェクトのお話を聞いていてすごく感じたことです。​ほかのプロジェクトでも、​学生がいることで関わる人のあり方が変わっていくということが起きていました。​だから、​最近始まったプロジェクトが20年くらい経ったときにどういう風景になっているのかというのも、​とても楽しみです。​

 

かなりの数のプロジェクトにムサビの卒業生が関わっているというのも象徴的ですね。​國廣先生が担当している「能登・真浦町プロジェクト」はどんなきっかけで始まったのでしょうか?

國廣

建築学科のOB会の会長が、​2024年の能登半島地震前から関わっている過疎の集落があったんですが、​被災してから1年以上インフラが復旧されず、​住民の方たちが集落に戻るタイミングを失っていました。​そこでOB会の会長や石川に縁のある仲間たちが、​地元住民を戻すだけでなく、​ここから新しい未来を目指せないかという活動を始めました。​そこでまた私が学生に向けて「能登に行きたい人いますか?」と発信したら、​10人以上の手が挙がったというのが始まりです。​

まずは、​私が現地に行ってまちの方たちとお話をさせていただきました。​最初の年はなにができるかもわからない状況だったのですが、​自主的に被災地支援に行っていた学生も数名いたので、​その体験をほかのメンバーに話してもらったり、​私が現地に行ったときの状況を写真でシェアしたりして、​ディスカッションを重ねてから学生を連れていきました。​

「能登・真浦町プロジェクト」で仮設住宅を見学したり、​大谷地区の区長を訪ねたりした際の様子
 

社会を縫合するクリエイティブ展では、​このプロジェクトについて建築学科チームと芸術文化学科チームでトークセッションをしたのですが、​それぞれの学科の視点や発想がものすごく違っていて、​お互いに刺激を受けていたことがわかりました。​このプロジェクトはすぐになにかの目的を達成するようなものではなく、​長い時間のなかで進んでいくものだと思っています。​

「社会を縫合するクリエイティブ」展でのトークセッション
河野

プロジェクトによって長期間にわたるものから短期集中のものまで、​バリエーションがあったのはおもしろかったですね。​チームづくりも、​サークルのように組織立って動いているものや、​最初から役割が明確にあり進んでいくものもある。​反対に少しずつ地域に入っていき、​ゆっくりと関係性を築いて最後は作品になったような事例もありました。​社会連携は「こういうやり方が正解」というものはなくて、​それぞれに最適な道のりがあるなという、​多様さを象徴的に感じられる展示になったと思います。​

「社会を縫合するクリエイティブ」展の会場風景
 

展示期間中には3つのトークイベントを行いましたが、​「偶然出会ってしまったことがおもしろかった」というような話が複数のプロジェクトで出ていて、​私はやっぱりムサビだからこそ、​その偶然性や意外性をかたちにできたのではないかと思ったんです。​見たことがないものでも、​経験したことのない状況でもなんとかできるというのが、​クリエイティブの持つ力なのかなと。​その力がムサビ生にはあるし、​連携先の地域の方が「なんか大丈夫な気がする」と思ってくれる。​だからこそ、​今回の展示のアウトプットがプロセスになったんだと腑に落ちました。​

 

展示は連携先の方たちもたくさん見に来てくださっていたそうですね。​

河野

い、​みなさん喜んでくださいました。​トークイベントに合わせて来てくださった方もいて、​学生が関わることの意図をあらためて先生方から聞く機会にもなったので、​それもよかったんじゃないかなと思っています。​

「社会を縫合するクリエイティブ」展の会場風景
 

いろいろな手応えがあった2025年度の展示でしたが、​2026年度に実施する次の展示ではどういう方向に掘り下げていく予定でしょうか?

河野

次回もまたプロセスを見せる方向でいきたいですね。​すでに先生方へのヒアリングを進めていますが、​そのなかで「期値」の話が割と多く出てくるんです。​連携先の期待と学生の期待、​あとは関わる方たちの期待をどう捉えて、​どういうプロジェクトを進めていくか。​そんな声が意外と多方面から聞こえてきて、​それはマネジメントという視点の話でもあり興味深いです。​2026年の展示については、​この2年間の気づきと、​いま集めている情報を踏まえてどのように発信していくか、​どう表現するかをこれから考えていきます。​

「社会を縫合するクリエイティブ」展 出展プロジェクト一覧

※クリックすると各プロジェクトの概要PDFが開きます。​
※記載項目は「プロジェクト名/学科・団体(連携拠点・活動拠点)」です。​

1/M(イチエム)

https://ichiemu.musabi.ac.jp/

「社会を縫合するクリエイティブ武蔵野美術大学の社会連携からみた地域・間・景」

https://ichiemu.musabi.ac.jp/2025/10/17057

國廣純子

くにひろ・じゅんこ

’99年慶應義塾大学経済学部卒業後、​日本銀行調査統計局にて統計専門職として勤務。​退職後、​東京理科大学工二部建築学科卒業。​’07年より三分一博志建築設計事務所にて犬島アートプロジェクト製錬所の一連の建築、​ランドスケープデザインを担当。​’09年より北京新領域創成城市建築規劃設計有限公司にて副総経理として国際プロジェクトのマネジメントを担当。​’11年、​市川創太、​新井崇俊と都市研究室hclab.を共同設立。​’13年、​青梅市タウンマネーャー着任(-2023年、​’18年あきる野市五日市タウンマネーャー(-2024年、​’19年池袋平和通りタウンマネーャー、​’23年広島県呉市タウンマネーャー。​

一般社団法人全国タウンマネーャー協会理事、​調布市まちづくり審査会会長、​同市都市計画マスタープラン策定委員、​内閣府中心市街地活性化評価推進委員ほか。​

河野奈保子

こうの・なおこ

’05年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。​在学中からNPO等市民活動や生涯学習領域に関心をもち、​同学科研究室に勤務しながら小平市内の地域活動や学生の取り組みに関わる。​研究室退任後、​市民活動支援センター、​NPO法人グリーズ、​NPO法人soar等で創業支援や生涯学習講座の立ち上げ・運営を行う。​

現在は武蔵野美術大学通信教育課程デザイン情報学科デザイン総合コースの非常勤講師、​市ヶ谷キャンパス社会連携拠点1/M(イチエム)のキュレーター、​同キャンパス内のインキュベーション施設「Ma」のインキュベーションマネーャー/コミュニケーターとして活動しながら、​「生涯学習とデザイン」テーマに学びと実践を続けている。​