「清水昭八とムサビの版画教育―1986年、​念願の版画クラスができるまで【前編】」の取材時、​雑談のなかで永井研治先生に伺ったのが、​かつて所属していたワンゲル部のお話。​部員たちで建てた山小屋、​12日間におよぶ屋久島での合宿のこと……懐かしい日々から現在のOB会にいたるまで、​その軌跡を1本の記事にまとめていただきました。​


ムサビ図書館の「金原文庫」は、​金原省吾の蔵書、​著作ノートや未定稿などの約8000点から成り立っています。​
ある日、​金原は自宅書斎の小さな机に画集をひろげ、​その心は清朝に逍遥します。​金原が見ていたであろう画集を「金原文庫」から引っ張り出し、​彼の思索に近づいてみましょう。​


まるでアラン・コルバンの『記録を残さなかった男の歴史』のようだ! 100年前の卒業生、​磯部陽は帝国美術学校『学友会誌』の第2号と第3号に郷土玩具について寄稿しています。​しかし、​それ以外に記名原稿は見当たらず……磯部陽が「染彩画」を手がけた作家であったことが、​1本の電話から明らかになります。​


ムサビ芸祭といえば「神輿」でしょ、​彫刻出身の手羽さんの出番でしょうと言われ続け、​ついにこの日がやってきました。​
いえいえ、​メインテーマは「神輿」ではなく「歌モノ」です。​歌は時代とともに少しずつ変化し、​現在に至ります。​
ここでは2つの歌が取り上げられていますが、​実は第3の歌も存在するらしく(つづく)