射影体

fig.6《射体》2004年 木、​灰、​アクリル 197✕310✕67 cm

この作品は影の問題が主なテーマとなっております。​僕らの世代だと、​高松次郎さんに影を扱った作品が多くありますが、​その考え方は絵画的なところから来ているといえます。​しかし僕の場合は彫刻的なところから、​影という問題を扱おうとしています。​

古代ローマ時代にプリニウスという博物学者によって書かれた『博誌』の中で、​絵画の発生における問題として、​影について記述している次のような一節があります。​青年が長い旅に向かう前に、​恋人である娘と一夜を過ごすのですが、​娘は青年との別れを悲しんで、​その最後の晩に蝋燭の光によって壁に映し出された青年の影をなぞりました。​娘はその後、​描かれた青年の影を見ながら毎夜涙するわけですが、​その影がいわゆる絵画の始まりになったというようなことが書かれています。​さらにその話には後日談があって、​あまりにも娘が寂しがって泣くので、​見るに見かねた陶工の父親が、​その影をもとにして青年の像をレリーフ的につくって、​娘を慰めたというような話があります。​この作品はそのような話から着想しています。​

この《射体》は、​手前の先の尖っている先端が光の光源になっており、​その向こうにミケランジェロの《奴隷》の像をモデルにした輪郭があります。​この像の輪郭は完成版の《奴隷》ではなく、​メディチ家の墓にある途中まで彫られたレリーフ状の奴隷像がモデルとなっています。​この奴隷像が正面からの光源によって、​壁面に投影された影が、​この作品における壁面側の輪郭となっています。​その一方で作品の形状は、​光の進む方向とは逆に、​壁面側から連なりながら先端(光源)へと変化する形になっています。​影から出発して光源へと戻っていく構造の作品であるということができます。​

《境界》から V(前半)

fig.7a《《境界》から V》1997–98年 木、​灰、​アクリル 315✕480✕2,060 cm

この作品をつくろうと思ったきっかけは、​少々前のことですが酒鬼薔薇事件註1というのがありまして、​あのときの衝撃がとても大きかったことに起因しています。​その問題を、​彫刻としてどのように構造化し、​表現できるかということを考えました。​

まずそれを言語の問題として再構築することを試みました。​言語の原初的なテーマとして、​例えば激痛を感じたときに出る「あっ」などの叫び声を表現した、​いわゆる感嘆詞です。​この感嘆詞がどのように名詞へと変化していくのかということが作品のテーマとなりました。​なおこの名詞というのは、​意味として定着した状態で、​言語として概念化された、​いわば落ち着いた状態を示します。​そのことを吉本隆明さん註2『言語にとって美とはなにか』註3という本の中で、​その構造を語っています。​

感嘆詞から名詞の方向を眺めてみる。​その一方で、​逆に名詞から感嘆詞の方向へと想像してみる、​見つめ直してみる。​この作品は酒鬼薔薇事件のような大きな衝撃、​つまり感嘆詞的なるものが、​どのように構造の中で名詞化されていくのか、​というようなことをテーマにつくっています。​

fig.7b《《境界》から V》同上

まずこの作品の正面から見える大きな穴は、​いわゆる感嘆詞的な部分ということになります。​それから本来の展示註4ですと作品の横に専用の狭い通路をつくって、​その通路を抜けていくと向こうの裏側に続くという構造になるのですが、​今回の展示ではスペースの問題もあり、​作品の裏側へと進んでいくまでに、​いくつか作品を見ながら向こうの裏側に抜けていくことになります。​この作品の裏側の話は、​見える位置まで移動した後に続けたいと思います。​

会場マップ

《境界》から VI

fig.8《《境界》から VI》1998年 木、​灰、​アクリル 143✕396✕72 cm

作品のつくり方として、​まずはベースとなる直方体の集成材を2本用意します。​次に下部になる直方体の表面に、​斜線をランダムにいくつも彫り込んでいきます。​その次に下部の斜線部分をトレーシングペーパーの上からなぞり、​それを裏返しにして作品上部となる直方体の部材の表面に斜線を転写し、​それを目印に上部を彫っていきます。​上下の直方体部分が接する水平面を中心に、​斜線の構造は反転し、​連続的な鏡像関係になります。​その一方で、​直方体の平面上に直線的に刻まれた下部の2次元的な斜線の構造は、​上部では複雑に彫られた襞の3次元的な形状となり、​下部と上部は対比的な関係となります。​

この作品における斜線は「視線」を表しています。​下の直方体の側面に刻まれた斜線は2次元的な視線ですが、​それが上部の直方体になると、​その2次元的な斜線を起点としながらも、​奥行き方向に様々な角度から視線が差し込み、​3次元的なものへと変化します。​つまり、​視線の軌跡として刻みが彫られていく方向はランダムなのですが、​そこにはある種のキュビズム的な変換があり、​下部の平面上にあった概念的な線が、​上部では視線の方向を様々に変えながら、​3次元的な世界へと入っていくという考え方になります。​作品の上の直方体部分を見ると、​その斜線による視線の構造が残っている部分もありますが、​彫っていくうちにその形状が見えなくなってバロック化していきます。​いずれにしても斜線の鏡像関係を基本としながら、​表面と奥行へ、​2次元と3次元と視線を対比させたということが、​この作品の中心的な構造となっており、​ある種とても理屈っぽい作品だったと思っています。​

なお当初この作品の下半分の直方体部分は一体となっていました。​しかし搬入等の問題から下の直方体を四つに分割して、​それを展示会場でつなぎ合わせるようにしました。​

洞穴体 III

fig.9a《洞穴体 III》2010年 木、​灰、​アクリル
(1)199✕131✕70 cm(2)199✕131✕59 cm3・4)199✕131✕68 cm

この作品は僕のアトリエがある秩父地方の地図をベーに、​自然の地形をテーマにした作品です。​はじめに秩父地方の地図上に、​何となく何かがありそうだなと思うようなところに印を付けたりしながら、​地図上にドローイングを何度も重ね描きしていきます。​それによってできたドローイングをベーに、​リーフ状に彫っていきます。​それが作品正面の垂直平面部分となります。​

fig.9b《洞穴体 III》同上裏面

次に裏側から見える塊のような部分は、​僕が屈んだり、​座ったりしながら壁に耳をつけた姿の輪郭がベースになっており、​その輪郭から手前へと徐々に北宋画の山水のような形に変化していくかっこうとなっています。​逆に裏側からこの作品を見ると、​人が地面の音を地下から聞くように見てとることもできます。​

表側には1カ所穴があいていて、​その穴は裏の塊における耳にあたる部分へと貫通しています。​その穴は奥まで彫られており、​手を穴に入れると、​耳から人の内部へと手を入れたような格好になります。​三木富雄さん註5という耳の作品をずっとつくっている僕の好きな彫刻家がいます。​三木さんの作品は、​直接的に耳を引き抜いたような表現になっていますが、​僕の作品は地面の裏側から耳をすまして声を聞くことによって、​自分が「森化」していく、​というようなことを考えてつくった作品です。​

重層体Ⅰ

fig.10《重層体Ⅰ》2010年 木、​灰、​アクリル 205✕501✕48 cm

この壁面的な作品は、​表現形式の違う三つの層からなる構造になっています。​まず正面に見える1層目は、​表面は平面的な表現になっていますが、​その裏側は垂直水平のグリッドと斜線の構造によって彫られており、​いわゆるモダニズム絵画の構造性を持っています。​次に真ん中の2層目は、​平面的な絵画からレリーフへと向かっていく働きと、​リーフから立体的な彫刻へ展開する働きとの境界として、​絵画と彫刻の中間的な表現となっています。​最後に裏側の3 層目は、​壁面から隆起した襞が彫られ、​立体的で彫刻的な表現となります。​絵画的な平面性から、​厚みのあるレリーフ的なもの、​そして立体的な彫刻へと枝分かれする構造あるいはそれらが変化する過程を、​3層に分けて重層化させた作品ということになります。​

「彫刻」「絵画」における認識の仕方や表現の方法は、​基本的には両極に分かれていますが、​その中間には、​彫刻的世界観と絵画的世界観のもととなる未分化のレリーフ的世界観があります。​絵画や彫刻にかかわらず多くの芸術作品には、​それらの世界観が総合的あるいは重層的に内包されています。​例えば画家が絵画的な視点しか持たないかといったら、​そんなことはないわけで、​画家であっても彫刻的な視点を持っていると思います。​ときに彫刻家は、​彫刻一辺倒であると指摘されることが多いですが、​当然それだけでなく、​彫刻が作品として存在する以上、​絵画的な平面性やイメージにおける視覚的な認識から発生する問題なども、​必然的に抱えることになると思います。​そのような考えから、​層ごとに表現形式を変えながら重層化することで、​彫刻さらには美術と表現といった問題を構成的に考えてつくった作品となります。​

《境界》から V(後半)

fig.11《《境界》から V》裏側

正面の壁面に見えた穴[fig.7a]は、​裏側から見ると太い八角柱部分になり、​そこがいわゆる感嘆詞的な表現となっています。​それは例えば人を「殴る」などしたときの、​ある瞬間の衝動のような感嘆詞的な現象が起きます。​その衝動をどのように受け止めているか。​

この作品は向こう側(作品正面側)ら、​ずしんと来た衝撃を、​空洞になっている太い八角形の柱状部分で受け止めて、​その先の細くなって伸びている先端まで、​その受け止めた衝撃が続いている、​という状態を表しています。​この感嘆詞的な衝撃は、​先端部分で何か名詞的なというか、​あるいは概念的なものへと変様しながら、​その過程で意味的な受容を行う、​というような構造になります。​ただし、​これを彫刻として考えた場合、​仕組みを示すだけの模型的なものでは不十分で、​その構造を彫刻作品として実現するには、​このくらいの大きさ註6にする必要がありました。​

コンセプチュアルアートが現代美術の中心的な存在となっていますが、​ある事象を概念的に捉えることで視点を固定するのではなく、​感嘆詞的な方向から名詞的、​概念的なものの方向へと見る。​あるいは概念的なところから、​感嘆詞的なところまでを、​逆方向から想像的に見る。​このような複数の視点によって見えてくる関係性、​またはその中間的な境界といったところから、​表現あるいは彫刻というものが生まれてくるのではないかと考えて、​この作品をつくりました。​

今日は僕の好きな詩人の方たちが何人か来てくれていますので、​言語の話なんてすると、​何を言っているのだと怒られてしまいそうですが、​そんなことを考えてつくった作品です。​

双影根 I〈クノ〉

fig.12《双影根 I〈クノ〉》2005年 木、​灰、​アクリル 68✕340✕13 cm

最後の作品になりますが、​この作品も地図をベーに、​熊野の地形が一つのテーマになっています。​作品の左半分において盛り上がっている部分は、​熊野川によって浸食された台地にできた川筋を反転させた形状で、​木の根のように凸状に彫り出されています。​左半分から続く川の流れは、​右半分に入ると裏側へ潜行し、​その川の形状はさらに反転して、​凹状に彫り込まれた形となります。​一方その右半分の表側の面には、​穴が点在しているのですが、​それは川を裏側から彫った際に表側の面まで貫通した部分が見えていることになります。​

先ほど見てきた《POMPEII‥79〈Part 1〉》《《境界》から VI》などから分かるように、​僕は作品の中で、​像、​ネガとポジ、​内と外といった関係性をずっと引きずっていまして、​この作品もそういった構造となっています。​

この作品は熊野川がモチーフになっておりますが、​熊野は木の国、​根の国ともいわれています。​川はいくつもの細い支流から本流につながっていて、​最後は一つの海に出ます。​それは木の根が幹から這い出る構造と同じではないかと思っています。​この熊野川の川筋を反転させて、​木の根のような構造となっているこの作品は、​中上健次註7少々敬意を払って言えば、​「根の国を彫刻した」と言えるかもしれません。​

おわりに

この展示に出ているのは全て僕の作品ですが、​田中さん、​北澤さんの考えた、​いわば彼らの展覧会です。​世間的には僕の代表作である《森》リーズは出品されていませんし、​また他の出展作品も僕の考えによって構成されたというわけではありません。​あえて言えば手元に残った山のようにある作品の中から、​これらを選んでもらったといえるかもしれません。​

この展示について、​田中さんのある種の近代的な造形思考を僕なりに感じました。​今回展示しなかった《森》リーズの中には、​僕の中のもう一つの面、​いわゆる近代的な造形思考というものとは少し違う考え方、​感じ方で、​日本的な感覚と言ってもいいかもしれないですが、​何かそういった土着的な感覚みたいなものがあります。​田中さんとしては僕の彫刻を、​あまりそういったものとして、​見せたくないと考えたのではないかと思います。​

今回そのようなこともあり、​田中さんは《見られる扉 II》を視線の構造を示すものとして、​その作品を中心軸に展覧会を組み立てていったのではないかと思います。​僕としてはそれなりに満足できると言ったら生意気ですが、​企画として意義のある何か筋の通った展覧会にしてもらえたと思っており、​とても感謝しています。​

最後に一つ付け加えて、​これまでここの美術館の退任展のカタログを見ると、​どうも立派なものが多いように見受けられるのですが、​僕のカタログ註8は大きくて豪華な画集のようにはしたくないと思っていました。​そのような訳で今回のカタログはサイズも小さく、​ラーページも少なく見づらい部分もあるのですが、​内容としては僕の学生時代から現在に至るまで、​具象作品やドローイングまで含めた発表作品を凝縮して、​ほぼ全て網羅しています。​また作品ごとの出展歴などのデータも掲載されており、​後の人が参考にするときには、​大事な資料になるのではないかと思っています。​

註1

1997年に発生した、​当時14歳の少年による神戸連続児童殺傷事件。​

註2

1924–2012年、​詩人、​評論家。​戦後において、​語、​学、​思想を中心に新たな理論構築を目指した。​新左翼の理論的支柱と目された。​

註3

勁草書房、​初版1965年。​

註4

「メディテーション真夏の瞑想」栃木県立美術館1999年「第3回光州ビエンナーレ」光州市立美術館(韓国)2000年などがある。​

註5

1937–78年、​人間の耳をモチーフにした彫刻家。​読売アンデパンダン展、​リ・ビエンナーレ、​ベネチア・ビエンナーレに参加。​

註6

本展で展示した《《境界》から V》のサイズはh. 315✕w. 480✕d. 2,060 cmとなる。​

註7

1946–92年、​芥川賞作家。​『紀州 木の国・根の国物語』(朝日出版社、​1978年初版)を執筆。​

註8

本展図録『戸谷成雄現れる彫刻』武蔵野美術大学 美術館·図書館、​2017年(288頁、​22✕15 cm)。​

戸谷成雄

や・しげお

1947年12月生まれ、​2026年4月15日去。​享年78。​1991年より武蔵野美術大学建築学科の非常勤講師、​1996年より油絵学科の非常勤講師を務め1999年より客員教授となる。​2006年より彫刻学科教授2011年16年主任)、​2018年3月定年退職、​同年4月名誉教授となる。​

1970年代より彫刻家として本格的に活動を展開し、​日本の現代美術を牽引してきた。​美術の文脈のなかで「彫刻」という概念を再構築し、​その本質を問い続けた。​1988年朝倉文夫賞受賞、​1995年平櫛田中賞を受賞、​2004年芸術選奨文部科学大臣賞受賞、​2009年紫綬褒章受章、​2025年旭日小綬章受章の他多数。​主な展覧会に、​海外ではヴェネチア・ビエンナー1988年、​光州ビエンナー2000年、​アジア賞受賞)などがあり、​また、​国内では1970年代以降、​全国の美術館等で数多く作品が紹介されている。​2017年武蔵野美術大学 美術館·図書館にて個展「戸谷成雄現れる彫刻」を開催。​近年では2022年から2023年にかけて長野県立美術館と埼玉県立近代美術館にて巡回展が開催された。​